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火山

2009年5月23日 (土)

有珠山巡検 その6

昼食を食べてから、車で、消防署の横を抜けて、山へ入ります。金比羅山の火口群へ行くためです。

毎回書いていますが、今回の巡検は、きちんと申請書を出して、許可を得た上で、行動していますので、そのまままねることのないようにお願いします。

天気予報では、午後からは雨の予定なので、冷や冷やしながらの巡検になりましたが、何とか大丈夫でした。

さて、途中の草地に車を置いて、有君火口と珠ちゃん火口をめざします。まずは、有君火口です。

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ここは、立ち入り禁止区域ではないので、一般の方もたくさん来ています。

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不思議な色の水がたまっています。その日の天気や、季節によって、色合いが変わると言います。

そして、珠ちゃん火口。

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ここから出た熱泥流は、市街地を襲い、橋を押し流し、団地を埋め、公衆浴場や、小学校を破壊しました。

そのために、大規模な泥流対策の砂防ダムなどが整備されているところです。

小学校跡は、ビジターセンターになり、そのすぐ上からは、災害遺構として整備されているので、普通の場合は、そちらから歩いてくることになります。

災害遺構は、今回の巡検では、時間がなくて回れませんでしたが、いつでも見られるところですから、洞爺へ来たら、ぜひ回ってみることをおすすめします。写真や映像で見るのとは違い、非常に怖いものを感じられます。

2009年5月22日 (金)

有珠山巡検 その5

さて、遊歩道の途中から、いよいよ立ち入り禁止区域へ入ります。

こちらは、洞爺湖町のエリアですから、きちんと洞爺湖町へ申請書を出して、許可を得ています。勝手に入ることのないようにしてくださいね。

まずは、噴火口のへりを回って、崖を降ります。こちらは、なにやら巨大な階段状の地形になっています。

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ここは、旧国道230号線そのものなのです。ここについては、後でゆっくり見ることにして、最初の噴火口へ向かいました。

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説明を聞いたり、写真を撮ったり、さんざん寄り道しながら、道なき道を進むこと20分。やっと最初の噴火口のへりにたどり着きました。

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この写真では大きさがよくわからないかもしれませんが、かなり大きい火口で、1枚の写真に収まり切りません。

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中をのぞき込むと、こんな岩がゴロゴロしています。これは、先ほど見た洞爺湖幼稚園の壁に突き刺さっていた岩と同じものです。あのあたりに散らばっていた岩は、ここから飛んできたわけです。

そしてまた、来た道を戻ります。

2000年の有珠山噴火では、本来の火山灰、つまり、マグマ起源の火山灰が出たのは、最初の噴火1回だけです。後の噴火は、すべて水蒸気爆発で、マグマ成分は出てきていません。

その火山灰は、先ほどの国道230号線跡のアスファルトの上に残されています。

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下の方の真っ黒いごつごつしたものは、道路にしかれていたアスファルトです。その上の砂の部分の下側の方に、やや黒っぽい部分がありますが、これが2000年噴火の火山灰です。ここからは、少しですが軽石が出てきます。

軽石は、マグマから直接できます。つまり、軽石があると言うことは、マグマ成分が出てきた証拠になるわけです。

このことから、最初の噴火は、マグマ水蒸気爆発ということがわかりました。

それでは、230号線の階段状地形の話をまとめておきましょう。

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上の写真は、ぜひクリックして、大きくして見てください。

道路標識やら、滑り止め用の砂を入れる箱があることから、もとは道路だったことがよくわかると思います。

元々ここは、洞爺湖の外輪山を上るなだらかな上り坂でした。国道で、札幌方面へ行く来く車がひっきりなしに走る主要道だったのです。

噴火はこの国道のすぐ脇で始まりました。テレビ局の車が、噴火に巻き込まれそうになって、逃げまどう映像がニュースで流れました。

その後の地殻変動で、向こう側の山が盛り上がり、道路はずたずたに切り裂かれることになりました。

ただ、気をつけてほしいのは、この巨大な階段は、窪地の両側にできているということです。山が盛り上がったのであれば、階段は斜面にそってできそうなものですが、なぜ真ん中がくぼんで、両側に階段ができるのでしょうか。

これは、下からマグマが上昇し、山が盛り上がっていくときに、その上では、両側にひっぱりの力が生まれます。そのために、全体としては盛り上がっているのですが、山の上では、正断層が作られて、真ん中がくぼんでしまうのです。このような構造を地溝(グラーベン)と言います。

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断層の高さを見てください。立っているのは大人で160センチ以上あります。段差はその倍以上の高さがあります。ここを車が走っていたなんて、信じられますか?

遊歩道沿いにも、断層の見られるところがありますが、あちらはせいぜい30センチ。スケールが10倍も違います。ぜひこちらも遊歩道をつけてほしいところです。

さて、この断層崖を上って、先へ進みます。この盛り上がった山の上は、それこそ国道の真下から噴火した地帯です。

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向こう側に、遊歩道の展望台が見えています。

噴火口地帯を抜けて、西山沼方向へ進みます。

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この電柱、ぼっきりと折れていますが、これは地殻変動の結果、電線を引っぱられて、そのために折れています。電線は今でも、びんびんに張っています。

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同じように道路脇のガードレールのワイヤーもびんびんに張っています。ひっぱりの力を受けている証拠です。

もう少し沼へ近づくと、こんどは、電線がたるんでいます。盛り上がった上の方では引っぱられて、下の方ではたるんでいることがわかります。

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さて、ここの道路脇で撮った写真ですが、曲がっているのはどっちでしょうか。

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どうも手前の小屋が曲がって立っているいるように見えますね。

では、そこに人間を立たせてみます。

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小屋の前の人間は、まっすぐ立っていますが、家の前の人間は、斜めっていますね。

つまり、曲がっているのは家の方で、地殻変動のために、傾いてしまっているのです。

小屋は、地殻変動の後から建てられたもので、こちらが水平に立っているわけです。

こういうところに立つと、水平感覚が変になって、なんだかめまいがしてきたり、酔っぱらったような気持ちになります。長くいると、気分が悪くなりそうです。外から見てもそうなんですから、この家に住むことはできませんね。

この家の裏側を通って、遊歩道へ戻り、西山沼の駐車場へ戻って、消防署跡のセンターで、お昼をとりました。

ちなみに、漫画の「銀魂」で、洞爺湖の名前の入った木刀が出てきたことから、駐車場付近の売店には、木刀がいっぱい売られています。

ただ、「洞爺湖」の文字が縦に入っているのか、横に入っているのかがあって、漫画では縦に入っているらしいのですが、これは彫るのがものすごく難しいらしいですね。

学割だと、多少安くなりますが、それでも1本1000円以上します。

2009年5月21日 (木)

有珠山巡検 その4

えー、公開日は、5月21日になっていますが、内容は5月17日のものです。

有珠山巡検の2日目です。

今日は、西山火口付近を歩きます。足や膝は、朝から絶好調に痛い。(こんなんで歩けるのか??)

まずは、遊歩道の終点の洞爺湖幼稚園からスタートです。

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ここは、噴火当日は春休み中でしたので、園児はいなかったようです。

入園式の準備が進み、紅白幕などもセットされていました。そこへ噴石の爆撃です。

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壁には飛んできた噴石がまだ刺さったままです。その大きさがわかるでしょうか。こんなのぶつかったら、ヘルメットをつけていても、助かりませんね。

その後の地殻変動で、池も傾いています。

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池の中の石も、飛んできた噴石です。おおこわっ!

遊歩道を上っていくと、壊れた家などが見えてきます。見ればまだ新築間もないようなきれいな家だったようですし、お金もかかっていたような家です。

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そしてびっくりするのが、この小山。一番上のところは何だったと思いますか?

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これ、上に乗っかっているのは、アスファルトなんです。その下には砂利が入っています。これ、昔の舗装道路のなれの果てなんです。この上を車が走っていたんですね。

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有名なのが、この場所。洞爺湖名物わかさいもの、当時新築したばかりの工場です。この工場のすぐ隣で噴火が起きました。

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こんなすぐそばです。見にくい人は、写真をクリックしてみてください。大きくなります。

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ちなみに噴火1年後の2001年4月にはこんな様子でした。

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これも2001年4月の写真です。

遊歩道からは、噴火口が3つくらい見られ、立ち入り禁止区域へ行かなくても、十分迫力ある眺めが見られます。

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洞爺湖へ行ったなら、ぜひ散策路を歩いてみることをおすすめします。

2009年5月18日 (月)

有珠山巡検 その3

公開日は、2009年5月18日になっていますが、記事は5月16日のものです。

銀沼火口から出た私たちは、I火口へ向かいます。

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I火口は、あまり火口っぽく感じないのですが(訳は後で書きます)、地表の温度が高いのです。

温度計を地面に差し込むと、温度はどんどん上がり・・・、

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なんと、300度を超えてしまいました。地表は立っていられる温度ですが、ちょっと中は、とんでもない高温のままです。これでは、植生が回復しないのも仕方ないですね。

I火口から小有珠へ登り、そこで遅いお昼を食べました。そろそろかなり足がつらくなっていましたが、一服したために、元気が出ました。

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小有珠からのながめは最高です。みんなで夢中になって写真を撮りました。

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羊蹄山もよく見えました。

手前の山は、北屏風山です。

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上のパノラマ写真を見たい人は、ここをクリックすると巨大ファイルへとびます。高速回線以外の人はおさない方がいいです。

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遠く室蘭まではっきり見えます。あまりにうれしくて、万歳をしています。

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万歳していたピークから見た火口原です。真ん中に銀沼火口が丸くぽっかりとあいています。私たちはその中を歩いてきたのでした。

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このパノラマ写真も、巨大ファイルにとびます。高速回線の方だけクリックしてください。でかくすると迫力ありますよ。

さて、小有珠山頂から、先ほどのI火口を見下ろすと、このようになっています。

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噴気の上がっているところで、温度を測ったのですが、そこは、火口のかべに当たる部分だったのです。私たちが立っていたところは、かべの砂が崩れて堆積したところで、そのために温度が下がっていたわけですね。

崩れを取り除いたら、そこはまだ熱くて入れないところに違いありません。

しかし、噴火後30年では、まだまだ熱いのだということがわかります。

噴火後60年たった昭和新山でも、まだ溶岩ドームは、茶色いままですから、火山のマグマは、なかなか冷えないことがわかると思います。

さて、この日は、この後、ひたすら下山していったわけですが、すでに足に来ていた私は、大変つらい目にあいながら下山しました。体力の衰えをまた実感しました。

途中、明治新山(四十三山)の噴火口も通りました。こちらは、噴火後100年がたっているので、さすがに緑におおわれていました。(もう写真を撮る余裕なかったです。すみません。)

2009年5月17日 (日)

有珠山巡検 その2

2009年5月17日公開にしていますが、この記事の日付は5月16日のままです。

さて、いよいよ立ち入り禁止区域へ入りました。

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ここは、1977-1978年に山頂噴火したあとです。転がっている古い木は、そのときの噴火で死んだ木です。

この噴火の前、山頂部は、緑におおわれ、銀沼には水がたまり、魚も泳いでいて、ピクニックコースとして、親しまれていたといいます。牛も放牧されていたといいます。

1853年の江戸時代の噴火以降、120年間山頂での噴火がなかったからです。

そして、昭和新山火祭りの日、群発地震が始まり、地震のさなか、花火大会が行われていたということです。

そして次の日、わずか十数時間で有珠山は噴火してしまいました。

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その噴火した火口原を進みます。30年たった今でも、ほとんど植生は回復していません。

噴火当時、牛も火口原にいたということですが、ほとんどの牛は無事に帰ってきたと言います。あの大噴火の中、どうして無事に帰ってこれるのか、不思議でなりません。

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銀沼火口の中へ進みます。しばらく雨が降っていなかったので、ちょうど崩れがいい感じにたまっていて、すべり降りるようにして下へ行けました。一雨降ったあとだと、この崩れは流されてしまい、降りるのが難しいことになっていたでしょう。 ラッキーでした。

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火口のへりには、30年前に枯れた木がまだにょっきりと立ったままです。

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火口の中を進みます。360度、崖に囲まれて、地球じゃない別の惑星に降り立ったようです。

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上のパノラマ写真を大きく見たい方は、ここをクリックしてください。巨大ファイルへとびます。約8MBあります。

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上のパノラマ写真は、約9MBです。高速回線の方だけどうぞ。

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今でも、噴気があちこちから出ています。

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泥のかたまったあとを見つけました。火口原には植生がないために、雨が降ると、一気に水が流れ出し、このようなあとを作ります。小規模な泥流の跡と言ってもいいでしょう。

この流れ出てきた先は、有珠キャニオンと呼ばれている谷です。

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ここが有珠キャニオンです。奥の山は小有珠です。

火山灰が度重なる噴火で縞状に堆積していて、まさに小型のグランドキャニオンです。

この脇の斜面を登って、銀沼火口から出ました。

続く

2009年5月16日 (土)

有珠山巡検 その1

有珠山の巡検に行きました。

今回は、火山マイスターの先生にお願いして、立ち入り禁止区域まで入れてもらうことになりました。立ち入り禁止区域へ入るには、コースによって、伊達市や洞爺湖町の防災担当の部署に申請書を出し、許可を得なくてはなりません。なかなか条件は厳しいので、観光目的では難しいと思います。

今回のコースは、有珠山ロープウェイで山頂駅まで行き、遊歩道を通って外輪山を巡ります。遊歩道の階段は、かなりきびしいです。斜度45度のところもあります。

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まずは、ロープウェイの始発駅のある昭和新山。この山は、1943年12月から1945年9月までの2年間に畑の中から盛り上がった山です。有珠山の噴火の結果できた山です。

20年くらい前までは、下の緑のところも茶色の山でしたが、ここ10年ほどの間に、急速に木が生えてきました。地面の温度が下がったことと、ススキなどの草が生えて、土壌ができあがったというのが大きいでしょう。

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ロープウェイ山頂駅の展望台からのながめ。昭和新山の溶岩ドームだけが、ひょっこりと顔をのぞかせています。

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上のようなパノラマ写真も作ってみました。高速回線の方だけご覧ください。約4.4MBあります。

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ロープウェイの途中から見た中島と羊蹄山。春紅葉がきれいでした。

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遊歩道は、外輪山にそって整備されています。ただし、階段が多く、ひたすら降り続けるのです。(ということは、一般の観光客は、ここをまた登るわけで…。)

最大斜度45度。600段以上の階段です。いやー、なかなか大変でした。

遊歩道からは、有珠湾の方もよく見えました。

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海の中にポツポツ見えるのは、流山です。これはもともと有珠山の山体だったのです。今から7000年ほど前の大噴火で、有珠山は山体崩壊をおこし、内浦湾に崩れ落ちました。そのとき津波が発生し、森や鹿部方面では、津波堆積物が見つかるということです。

ちなみに大沼の島は、駒ヶ岳の山体崩壊の結果できましたし、駒ヶ岳は1640年(江戸時代)の噴火では、鹿部方向に崩れたためにやはり津波が起こり、今度は有珠方面が津波に襲われて、アイヌ人700名ほどが亡くなったという記録が、有珠の善光寺に残されているということです。

内浦湾をはさんで、2つの火山が、お互いに迷惑をかけ合っているようです。

続く

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