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地震

2011年5月 7日 (土)

液状化

  ニュースでは、地震の液状化の被害ということを何度も言っています。
 液状化とは、固い地面が液体のようになってしまうことを言うのです。
 「はあ?何言ってんですか?地面が液体になるわけないでしょ。なんですか?まさか地面が海みたいになるって言うんですか?」
 はい、その通りです。液状化の起こった地面は、ブヨブヨになって、波打って、海みたいなことになります。地面はもう固くなくて、そこここから水と砂が吹き出して(噴砂といいます)、建っている家も、電柱も、すべて傾いて沈んでいきます。ひどい場合は倒れます。地中に埋められているマンホールなどは、中が空洞なので、まわりの土よりも軽くなっているので、抜け上がって浮いてきます。ですから、下水道や水道の水は流れなくなります。信じられないでしょうが、大きな地震の時には、そんなことが起こるのです。

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 この写真は、今回の地震で起きたものではなくて、皆さんからすると大昔の1993年に起こった北海道南西沖地震の時のものです。(今回の地震の時は、次の日から入院だったので、調査に行けませんでした。すみません。)
 北檜山の兜野というところでとった写真ですが、牧草地の中に、砂が出てきています。噴砂のあとです。

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水田は、水といっしょに砂が吹き出たあとに、できた地割れを通して水が抜けてしまい、カラカラになっていました。この年はお米はとれなかったようです。
 ここは農村なので、なんだかのんびりしたような写真に見えますが、地震の時には、地面が波のように動いて、地割れから砂や水が噴き出すという、こわい風景になっていたはずです。

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サイロも倒れる寸前です。

 「液状化が起こることはわかった。こわいってこともわかった。問題は、なんで地面がそんなことになるのかだ。」
はいはい、それはもっともな意見です。液状化は、どこででも起こるわけではありません。起こるところは、だいたい決まっています。

 まず第一に地下水がたっぷりのところ。地面の下に水がないと、吹き出してくるわけがありませんからね。
第二に、細かい砂の層が地面の下にあること。穴を掘っていくと、砂地で、水がしみ出してくるような場所は、液状化にうってつけです。

 この条件がそろうのは、昔の川の跡、沼の跡、湖の跡、田んぼの跡、埋め立て地などです。おやおや、この条件、震度のお話の時にも出てきましたね。つまり、そういうところにお家を建ててはいけないということです。地名に沼とか、沢とか、池とか、つくところは要注意です。もしも皆さんが大人になってお家を建てようというのなら、昔の地図や写真を調べてからにしましょう。一生の買い物ですからね。ハズレをひいては大変です。

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大沼地区で、液状化のためにゆがんだ家。水が噴き出してきて、ものすごく恐ろしかったと住んでいた人は言っていました。

 さて、話を戻します。地下水があっても、ふだんは地面は固まっています。水はあっても砂粒同士がくっついているからです。しかし、地震の揺れで激しくゆさぶられると、砂粒と砂粒がはなれてしまい、水の中に砂粒が浮いているような状態になるのです。そうなると、砂粒は下にたまり、水は上に噴き出すことになります。もしも地面に別な土があったとすると、その土がふたのようになって上から押しつけるので、土の割れ目から下の砂が水といっしょになって噴き出すことになります。

 雨上がりのグランド。とりあえずかわいているようなので、走り回っていると、いつの間にか地面がドロドロになっていたってこと、ありませんか?
波打ち際の砂浜。波が引いたすぐ後に砂の上に立ってみると、ぬれた砂でかたいのでしっかり立っていられます。ところが、波が来たとたんにやわらかくなって、転びそうになったことはありませんか?
液状化現象は、このようなことと近いと思ってもいいでしょう。

2011年4月25日 (月)

地震はなぜ起こる

 地震がなぜ起こるかというと、けっこう面倒な話になります。気合いを入れて読んで下さいね。

 まずは、地球の中身がどうなっているかと言うところからお話ししなくてはなりません。イメージとして近いのは、「ゆで卵」です。真ん中には黄身がありますが、地球の真ん中には「核」があります。これは、鉄などの重い物質がつまっていて、中の方は固まっていますが、核の外側は溶けています。

 白身にあたる部分は、「マントル」といいます。これは、かんらん岩などの重たい岩石からなっています。ただ、このマントルは、ものすごくゆっくりと対流して動いています。

 からの部分は、「地殻(ちかく)」といい、私たちが立っている地面です。ただ、地球の地殻は、いくつかの大きなブロックに分かれています。このブロックを「プレート」と呼びます。そして、プレートはマントルの上に浮いている状態です。

 海の底には、地球の中から新しい海洋プレートを作る「海嶺(かいれい)」と言うところがあり、毎年少しずつプレートを作り出していきます。マントルが動いているので、プレートも動きます。そしてぶつかり合ったりして、押し合いへし合いします。すると、海の底にある重たい海洋プレートは、大陸のプレートの下にもぐり込んでいくようになります。そのようなところは、深い深い谷のような地形になっていて、「海溝(かいこう)」といいます。ですから、地殻は海嶺で生まれて、海溝に沈み込んでいくのです(上の図参照)。このような考え方を「プレートテクトニクス」と呼んでいます。

 大陸のプレートに海のプレートがもぐり込むところには、だんだんと力がかかっていきます。ノートを机からはみ出させて大陸プレートとして、そこを手でこするようにして、下に曲げていってみましょう。すると、ノートはだんだんと曲がっていきますが、そのうちピョンとはね上がります。この瞬間が地震が起きたことになります。海の底の地面がピョンとはね上がるのですから、その上にある海の水もピョンとはね上がります。これが津波になります。
 ノートの代わりにしたじきでやると、したじきがバキッと割れてしまうかもしれません。このような場合も地震が起こります。

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 上の図を見て下さい。今回の地震はオホーツクプレート(北米プレート)の下に、太平洋プレートがもぐり込んでいくところで起こっています。プレートとプレートがぶつかるところは、巨大地震が起こるところでもあるのです。

 日本は、オホーツクプレート(北米プレート)、太平洋プレート、フィリピン海プレート、アムールプレート(ユーラシアプレート)と、4つものプレートがひしめき合っているところにあります。ですから、日本は世界でも有数の地震国です。いつ地震が起こってもおかしくないところに、私たちは住んでいるのです。日本には、地震の起こらないとところなどありません。地震がしばらくないということは、そこではエネルギーがたまっているということなのです。安心していてはいけないのです。

マグニチュード

 3月11日の「平成23年東北地方太平洋沖地震」は、当初マグニチュード7.9(M7.9)とされましたが、その後M8.2、M8.3、M8.8、M9.0と、どんどん大きく修正されていきました。

マグニチュードというのは、地震そのもののエネルギーの大きさを示す単位で、震度とは違って、距離が離れていても、大きさが変わることはありません。今回修正が相次いだのは、マグニチュードがいろいろな観測や計算から導き出されるもののために、後になってくわしいことがわかってくるにつれて、大きくなっていたようです。

マグニチュードが2増えると、エネルギーは1000倍も違ってきます。マグニチュードが1増えると、エネルギーは約32倍違ってきます。マグニチュードが0.2違えば、エネルギーは2倍も違ってくる計算になります。

ですから、今回の地震がM9.0ということは、M8.0の地震32回分が一度に起こったという意味なのです。ですから、テレビでM8.8と流れたときにはかなりびっくりしました(これで日本で最大の地震になりました)し、それがM9.0になったときには口があんぐり状態でした。世界で見ても、1900年以降の地震で世界第4位の地震です。

マグニチュード

地震の規模

有名な地震(主に北海道に関係したもの)

どれくらいで起こるか

M9-    

超巨大

チリ地震      9.5(1960)

スマトラ島沖地震  9.3(2004)

アラスカ地震    9.2(1964)

東北地方太平洋沖地震9.0(2011)

日本では1000年に1回くらいといわれている

M8-M8.9

巨大

十勝沖地震     8.2(1952)

北海道東方沖地震  8.2(1994)

十勝沖地震     8.3(2003)

日本中で10年に1回程度

M7-M7.9

大きい

十勝沖地震     7.9(1968)

日本海中部地震   7.7(1983)

釧路沖地震     7.5(1993)

北海道南西沖地震  7.8(1993)

日本中で1年に1-2回

M6-M6.9

強い

1年に10数回程度

M5-M5.9

M4-M4.9

軽い

M3-M3.9

小さい

M0-M2.9

微小

 

今回の地震が、どれだけすごいものだったか、少しはわかってもらえたでしょうか。M9クラスの地震では、地球そのものが鐘がたたかれたように、ゴーンと響くことがわかっています。この地震によって地球の自転がわずかに速くなり、1日の長さが100万分の1.8秒短くなったとされています。ちなみにスマトラ島沖の時は、100万分の2秒短くなったとされています。

震度

 今回の地震では、宮城県栗原市で震度7を記録しています。震度7といったら、最高レベルで、それ以上はありません。阪神大震災で震度7を記録したときには、ビルから、高速道路から、何から何まで崩れてしまいましたが、今回は津波の被害があまりにも大きくて、揺れそのものの被害はあまりクローズアップされていません。でも、水やガス、電気などのライフライン、高速道路、新幹線が止まったというのは、揺れの被害に他なりません。

 函館は震度4でしたが、人によって、あれ?うちは震度5弱くらいはあったようですが?とか、いやいや震度3くらいでしたよという人まで、いろいろだと思います。というのも、その人がいる場所によって、震度は変わるからです。

 埋め立て地など、昔海だったり、川だったり、沼だったりしたところは、震度が大きくなります。土地そのものがやわらかいために、揺れが大きくなるのです。それに比べて、山などで地盤が固いところは、揺れが小さくなります。函館気象台は、美原の高台の上にあるので、震度そのものは、市街地の感じ方よりも、やや小さく出る傾向があるようです。

 建物によっても、大きな差が出ます。木造の古い建物と、最近たてられた住宅、さらにマンションなどの鉄筋コンクリートの建物では、揺れ方が全く違ってきます。同じマンションでも、1階にいるのと、7階にいるのでは、揺れ方は全く違います。建物が高くなるほど上では大きく揺れる傾向があります。

 このように、函館は震度4と一言で言いますが、実際は函館の中でもその場所その場所でばらつきがあります。また、同じ地震でも、仙台で震度6、盛岡で震度5、函館で震度4、旭川で震度3と、遠くなるほど震度は小さくなる傾向があります。(ただ、ところによっては、地盤の関係で遠いのに大きく揺れたりするところが出てきたり、逆に近いのにあまり揺れなかったりするところがあったりもします。ですから、震度についてはあまり細かくこだわらないで見るようにしましょう。)

気象庁の震度については、次のページを参考にして下さい。

http://www.jma.go.jp/jma/kishou/know/shindo/shindokai.html

2011年4月24日 (日)

津波 その4

 東北の三陸地方には「津波てんでんこ」と言う言葉があるそうです。津波が来たら、家族も、友達もかまわず、てんでばらばらでいいから、とにかく高いところに逃げろという意味だそうです。そうしないと、一人も助からないのが津波の怖さです。

 津波の様子は、すでにさんざんテレビで見たことでしょう。あの中で泳ごうとか思うのは、全く無理なこともわかったでしょう。車に乗っていても車ごと流されるのです。とにかく高いところに逃げる。助かるためにはこれしかないのです。
 田老町では、高さ10mの防潮堤も津波に破壊されてしまいました。世界中から視察に来るくらい有名だった施設でしたが、この津波を防ぐことはできませんでした。人間の作ったもので津波の力を防ぎきれるものは作れないのだということでしょうね。ですからなおのこと、助かりたかったら高いところへ逃げるしかないわけです。

 それも急がなくてはなりません。津波が来てしまってからでは遅いのです。ものを取りに行ったとか、誰かを待っていたとか、たいしたことはないとたかをくくっていたとかいう人は、ほとんど助かりませんでした。

 函館に今回よりすごい大津波が来るようならどうすればいいでしょうか。時間があるなら、函館山の高いところや、陣川町などの産業道路より上の高いところに逃げるのがベストでしょう。
 函時間がなくて函館山に逃げられないときは?もうあきらめるしかないのでしょうか。

 今回の津波の被災地の写真などを見ると、コンクリート製のビルなどは残っています。木造の建物は、すべて壊されています。ですから、高いビルに逃げるという手が残っています。南三陸町では、3階建ての防災庁舎の屋上にいた町長さんまでも津波が襲いましたが、かろうじて助かっています。4階建てのマンションの屋上の人は無事でした。ですから、いざというときは近くの高いマンションなどの4階や5階まで逃げられれば、たぶん安心だと思います。
 ただ、そうは言っていても、今回の地震や津波のように、予想を超えたものも起こります。想定外だったという言葉もよく聞きますから、どんなことも100%安心ではありませんよ。

津波 その3

 津波は1度だけでなくて、何度も何度もやってきます。そして、1度目の波よりも、2度目、3度目の方が高かったりします。2010年2月28日のチリ沖地震津波では、15時過ぎに20㎝の第1波が来て、20時過ぎに60㎝の津波が来ています(http://nature-oshima.cocolog-nifty.com/blog/2010/02/post-abbb.html参照)。

 今回も、17時前ころに第1波(1.9m)が来ていましたが、その後、19時前ころに第2波(2.1m)、23時ころに第3波と、どんどん津波が来ていました。23時ころのものが一番高い津波で、なんと2m40㎝にもなっていたようです。函館の若松町では、この津波で1人が死亡しています。
次の日までになんと30波もの津波が函館に来ていました。そのために、なかなか大津波警報が解除されず、避難した人はずいぶん長い間家に戻れなくなりました。

 地震の時、函館駅には知り合いの人が来ていました。
 その人は初め、津波が来るので2階に避難してくださいと言われ、駅の2階に避難したのですが、駅の中に水が入りだしたので、駅前のロワジールホテルに移されたそうです。
 そして駅前の東横インに泊まったところが、写真のような状態になってしまいました。

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水が車の窓あたりまで来ています。こうなると、塩水が車の中に入るために、電気関係がショートして、ライトがつきっぱなしになったり、クラクションが鳴りっぱなしになったりして、騒然となってただごとではない雰囲気になります。

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 このとき、朝市や、ベイエリアのあたりは、もう大変なことになっていたようです。

津波 その2

 ちょうど地震が起きたとき、知り合いの人が、列車で函館に向かっているときでした。列車は、茂辺地の少し手前で停車して、そのまま動かなくなりました。
 そこで列車の窓から海を見ていると、写真のようになっていったのです。何がどうなっているかわかりますか?

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 1枚目の写真は、16時50分のものです。窓のわくに、缶ジュースが2本立っていますね。窓の向こうには海が見えています。

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 2枚目は、17時01分ですから、約10分たっています。10分間で、海の中から岩が顔を出し始めています。

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 3枚目になると、さらにはっきりしてきます。17時08分の写真ですから、7分後になります。岩がくっきりと顔を出してしまいました。
 1枚目から3枚目でわずか18分です。18分でこんなに海の水が引いているのは、異常です。海の水が満潮や干潮で満ちたり引いたりするのには、何時間もかかるものだからです。

 これは津波の来る前兆です。津波が来る前に海の水が引いてしまうことがあるのです。(引かないで突然来る津波もあります。)
 ですから、こんなスピードで海の水が引いていったら、一刻も早く高いところへ避難しなくてはなりません。
 この知り合いの人は、このあと、茂辺地の高台に避難して、なんと18時間もそのまま足止めをくらいました。

津波 その1

 3月11日に日本をおそった「東北地方太平洋沖地震」通称「東日本大震災」。毎日毎日、ニュースはこの話ばかりで、もう見たくないと思っている人も多いのでしょうね。毎日ひさんな状況を見続けていると、だんだんと具合が悪くなってきます。
 でも、今回の地震と津波は、1000年に1度というとんでもない規模のものでした。科学の目で起こったことをしっかりと見ておいて、これからの人々に正しいことを伝えて行かなくてはなりません。
 そんなわけで、むずかしい話になるかもしれませんが、何回かにわけて、今起こっていることを書いていきたいと思います。
まずは、津波の話です。東北地方では、10メートルを超すとんでもない津波が町をおそい、いくつもの町があとかたもなく消えてしまいました。亡くなった人、行方がわからなくなった人などを合わせると、2万人を越えています。もしかすると3万人を越える人が死んでいるかもしれません。あまりに数が多くて、頭の中で想像できませんね。

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 津波は函館にもやってきました。1枚目の写真は、11日の17時ころ、千歳橋から見た亀田川の様子です。護岸がぬれているのがわかりますか。水面から30㎝くらい上までぬれた跡があります。これは、津波が川をさかのぼっていった跡です。
 この時は、津波の第1波が過ぎた後で、水は再び海に向かって流れ始めたときでした。

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 すると、上流から、白い泡のようなものがいっぱいいっぱい流れてきました(写真2枚目)。多分さかのぼっていったときに起こった泡だと思います。こんな様子はふだんは見られないものでした。
 大森浜側では、第1波はこれくらいですみましたが、駅前やベイエリアでは、海の水が陸地に流れ込んでいたのです。

2010年2月28日 (日)

大津波警報

 2月28日は、17年ぶりに大津波警報が出されました。17年前の大津波警報は、函館にも関わりの深い、北海道南西沖地震によるものでした。北海道南西沖地震は、奥尻島の近くで発生して、200人を超える人たちが亡くなる大災害になりました。
 今回の大津波警報は、青森、岩手、宮城の太平洋側に出され、函館など北海道の太平洋側は、津波警報でした。
 この津波は、遠く地球の裏側、南米のチリで起こったマグニチュード8.8の巨大地震によって引き起こされました。チリで起こった津波は、太平洋をはるばる越えて、約22時間もかけて、日本までやってきたのです。すごいですね。
このパターンは、50年前のチリ沖地震でも引き起こされ、日本では岩手県に6メートルもの津波が押し寄せて120名以上の方がなくなりました。
 ちなみにこの1960年のチリ沖地震は、観測史上最大のマグニチュード9.5でした。あまりにもものすごいゆれで、地震波は地球を2回り以上したそうです。地球全体が震えていたという状態です。今回の地震は8.8なので、エネルギー的にはかなり小さいのですが、それでも歴代7位のかなりの巨大地震です。
 マグニチュードは地震の規模を表す単位で、マグニチュードが1違うと、エネルギーは約32倍になります。2違ったら、32×32で、約1000倍も違う計算になります。マグニチュードが8クラスになると、相当大きな地震であると言えます。
 チリでは、すでに300人以上の方の死亡が確認されています。これからもっともっと増えるでしょう。ついこの間、ハイチで大地震があって死者は23万とも25万とも言われています。エネルギーからいうと、今回のチリ地震はハイチ地震の500倍ものエネルギーになります。

 函館への津波到着時刻は、14時との予報でしたが、実際に第1波が来たのは15時過ぎに20㎝でした。

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写真はその頃に写した千歳橋から見た亀田川で、向こう側が海になります。なんとなく水が手前に来ているように見えませんか。
でも、波しぶきをたてて水が逆流してくる様子は見られませんでした。ちょうどその頃が満潮だったので、満潮によるものか、津波によるものか、区別がつきませんでした。それほど静かなもので、現場で見ているときは、第1波が来たことさえ気がつきませんでした。
 その後のニュースでは、函館には18時26分に50㎝の津波が来たそうですが、それくらいのものだったら、川を津波が逆流してくる様子がわかったのかもしれません。でももう暗くて、写真も無理だったでしょうね。

 ところで、津波は、場所によって高さが大きく変わります。津波警報が出ているときは、海や川は大変危険で、近寄ってはいけません。海岸道路にも消防車が出て、海に近寄る人がいないかどうか見張っていました。そんなときに海や川に近寄る人は、大ばか者です。(わざわざ写真を撮りに行った私も大・・者ですね。よい子は絶対にまねしないようにしましょう。)
 万が一、海岸にいて津波が来てしまったら、50センチの津波でも、さらわれてしまいます。それくらい津波のエネルギーは大きいのです。ふつうの波とは全く違います。スピードも速いので、走って逃げても間に合いません。また、海岸からでは、ふつうの波と津波の区別がつきません。そのため逃げ遅れるのです。ですから、津波を見物に出かけて、危ないと思ったときには、もう命がありません。

 津波から逃れる方法は、1つかありません。とにかく逃げることです。逃げるといっても、平らな土地を走って逃げてもだめです。津波は陸地の奥深くまで流れ込んできます。では、どこに逃げるとよいのでしょうか。それは高いところです。山や高台に逃げるのです。でも近くににそんなものありませんという場合はどうしたらいいのでしょうか。そういうときは、鉄筋コンクリートのビルに逃げるのです。2階とか3階まで上がれば、津波にさらわれることはありません。

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